¡Hola!

ライフ読者の皆さん、こんにちは!

 

言わずと知れた超名門 塾高端艇部出身大森琉斗(おおもりりゅうと)です。

雰囲気がT崎前主将に似ているそうなので、艇庫でT崎さんに似ている人がいたら僕かもしれません!

ちなみに、Y田迅さんからは「背が高くて、細くて、かっこいいけど老け顔なところがT崎前主将にそっくりだ!」と好評をいただいております!

ついに自分がライフを書く日が来るなんて感慨深いですね!(みんな言うので一応言っておきます)

 

 

さて、大島くんに紹介してもらったように僕は7年間、0歳から8歳まで水泳を習っていました。

あれです、英才教育ってやつですかね!(多分違います)

他にも、そろばん、体操….など色々と習い事をし、「川崎の神童」としてスクスクにょきにょきと成長した大森ですが気づいた時には…..

 

 

 

あれっ!?

 

泳げない!計算遅い!側転できない!

これ、マジなんです。そろばんは、友達とサボってまとも行かず、体操はそこそこちゃんとやったのですが、たいした成果は得られず….

 

そして先日の沈練では、ネタじゃなくて本当に泳げないことがバレてしまいました。

まず、立ち泳ぎができないので艇に復帰できる訳がありません。

そこで岸に戻るため艇に掴まりバタ足をすると…….

 

 

 

 

 

 

あら不思議!

どんどん岸から離れていくではありませんか!!

これには、ヤバジンアラジンもびっくりでしょう!(僕自身もびっくりです)

 

どんどん離れていく岸を眺め、「あー、もう死んでしまうんだ」と覚悟していると、同期の精鋭3人が助けに来てくれました。

生きててよかった〜!

 

¡Gracias! (訳: 同期すこ😘

 

皆さん! 今後、戸田で沈をしているのを見かけたら迷わず助けてくださいね!!

 

こんなエピソードを聞いて、「なぜ7年間も水泳をやっていたのに泳げないんだ!」と怒るそこのあなた!

 

泳げないものは泳げないんです!!(暴論)(もちろん昔は泳げたんですよ!)

 

しかし7年分のお金・送り迎えなどの労力を考えると両親には謝罪せざるを得ません。

 

この場を借りてお父様、お母様に謝罪させていただきます。申し訳ありません!!

 

 

 

 

 

 

と、茶番はここまでにして、少しまじめにボートについて書きたいと思います。

 

僕は、祖父が山梨県吉田高校ボート部出身で昔からボートという競技があることは知っていました。

 

高校入学まではサッカーをやっていましたが、自慢の高身長を生かせるスポーツはないかな考えていたところ、端艇部に出会いました。

 

1年の5月、朝4時に起きて周走、雨の中でも周走、雨が酷過ぎたらバーピーという意味不明な暮らしが始まり、僕の予想していた「イケイケモテモテキラキラ慶應ボーイ」とは180度違った生活が始まりました。

 

「うん、入る部活間違えたかな」と思ったこともあります。しかし大会を通して、勝つことの喜びを知って徐々に楽しいと思えるようになりました。

 

そして大学に入学して今度こそ「イケイケモテモテキラキラ慶應ボーイ」になるチャンスです!!

 

しかし、これも天命なのでしょうか。どのサークルを見ても「これだ!」と思うものがなかったのです。思い返してみれば、新歓2日目中庭のベンチに座っていると女子部のA木さんに、「君はどうせ、入る人なんでしょ??笑」と話しかけられた記憶があります。

 

塾高端艇部には、『サークル文化に馴染めず「部活でガチるか」となった時にやっぱりボートしかない!!』といった経緯で、最初は「絶対にボートは続けない」と言っていたのにも関わらず入部された先輩が多くいらっしゃいます。

 

長年の経験からか僕はその人種だと見透かされていたのかもしれません。

 

そしてその予言通り早慶レガッタを見て入部を決めました!(実際その前から99%入るつもりでしたが…笑)

 

あのレースを見てボートを続けない、という選択肢はなくなりました!

 

これからの4年間、端艇部の偉大な先輩方に追いつき、日本一を目指して頑張ります!!

 

 

 

 

 

次は、アメリカ産の小幡です。

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